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静岡家庭裁判所沼津支部 平成2年(少)2449号 決定

少年 KJ(昭50.2.7生)

主文

この事件については、少年を保護処分に付さない。

理由

(本件送致事実の概要)

本件送致事実の概要は、少年が、Aと共謀のうえ、平成2年5月3日午後4時20分ころ、静岡県富士市○○××××番地の×所在の○○住宅×棟駐輪場において、B所有の自動二輪車1台(○○○×××250、車体番号・GT××B-××××××、時価約5,000円相当。以下、「本件バイク」という。)を窃取した、というものである。

(本件の経過について)

1  本件捜査の経過

(1)  捜査の端緒

平成2年5月3日午後4時32分ころ、静岡県富士市○○××××番地の××付近において、少年が運転しAが同乗する本件バイクが転倒、滑走し、負傷した少年とAが救急車で病院へ搬送される、という事故があった。現場に臨場した司法警察員が、本件バイクについて警察本部に照会したところ、所有者はBであり、ぞう品には該当しないことが判明したが、さらに、病院において少年らから事情を聴取したところ、少年らは、いずれも、本件バイクは同日午後4時20分ころ○○住宅駐輪場から盗んできた物であると申し立てた。そこで、本件バイクの窃盗につき捜査が開始されることとなった。〔司法警察員ら作成の同月9日付け捜査報告書〕

(2)  Bの被害届

Bは、平成2年5月9日、○○警察署に出頭を求められ、司法警察員の事情聴取を受けて、本件バイクについての被害届を提出したが、これによれば、本件バイクに鍵を付けたまま駐輪場に置いておいたところ、同月1日午後5時ころから同月3日午後8時ころまでの間にバイクがなくなっていた、連休であったので届け出が遅れた、とされている。

〔B作成(司法警察員代書)の被害届、司法警察員ら作成の同月9日付け捜査報告書〕

(3)  Aの取調べ

Aは、平成2年10月12日、司法警察員の取調べを受け、同年5月3日午後4時30分ころAと少年が歩いて友人の家に行く途中に○○住宅の駐輪場の前を通ったところ本件バイクが止めてあり見るとシートの下にエンジンキーが付けたままになっていた、少年が「このバイクをとろう。」とこれを盗む話を持ち出したので「うん。」と賛成しふたりで本件バイクを道路まで引き出して盗んだ、少年が運転しAが後ろに乗ってその場所を離れた、Aも少年も運転免許はない、盗んだバイクは警察から持ち主に返してもらっている旨の供述をした。

〔Aの司法警察員に対する同年10月12日付け供述調書〕

(4)  少年の取調べ

少年も、平成2年12月6日、司法巡査の取調べに対し本件窃盗を認め、同年5月3日Aと友人の家に行くため○○住宅の中を歩いていたところ駐輪場に本件バイクがあることに気付き見に行くとシートの下の鍵穴にキーがあった、Aに「このバイク盗んで乗ろう。」と言うとAも「やろう。」と言ったので、午後4時20分ころふたりで道路まで引き出して盗んだ、少年が運転しAが後部座席に乗ってこの場を離れたが無免許運転であった、盗んだバイクは警察から持ち主に返してもらっている、と供述した。

〔少年の司法巡査に対する同年12月6日付け供述調書〕

(5)  事件送致

司法警察員は、以上などから、少年およびAについて窃盗(刑法第60条、第235条)の成立を認めて事件を検察官に送致し、検察官は、これを当庁へ送致した。

2  当裁判所における審理の経過

(1)  送致記録と送致事実

送致記録中の各証拠の内答は前記1(2)ないし(4)のとおりであるから、これらを総合すれば、本件送致事実は、一応、認定することができた。

(2)  当審判廷等における少年の供述

ところで、少年は、平成3年4月30日の本件第1回審判において、本件バイクはAがBから買ったものである、Aは本件バイクの鍵をBから受け取っていた、当日はAと本件バイクを受け取りに行ったもので盗んだのではない、と供述し、司法警察員に対し前掲供述をした理由について、本件バイクを売ったBに迷惑がかかるので盗んだことにしてくれとAに頼まれたからである、と述べた。

また、少年は、この審判に先立つ調査面接(同月8日、15日、24日実施)においても、家庭裁判所調査官に対し同様の陳述をしていた。

〔家庭裁判所調査官作成の同月26日付け少年調査票〕

(3)  事実調べの実施少年の前記供述内容は、前掲各証拠と明らかに矛盾するから、当裁判所は、検察官に対し、Bに対する窃盗被害の再確認および本件バイクの還付経過等についての補充捜査を依頼し、さらに、AおよびBの証人尋問をすることを決定し、第2回審判(平成3年7月8日)にAの、第3回審判(同年8月6日)にBの、各尋問を施行した。

(当裁判所の判断)

1  本件バイクについて

(1)  本件バイクは、排気量250ccのもので、平成元年未ころBが友人から購入したものであるが、エンジンの調子が悪かったので駐輪場に置いておかれており、ナンバープレートもついていなかった。なお、被害届に際しBは本件バイクの時価を約5,000円と申告している。〔B作成の被害届、司法警察員ら作成の平成2年5月9日付け捜査報告書〕

(2)  本件バイクは、平成2年5月3日付けで、少年から任意提出の手続きがとられ、司法巡査は同日これを領置し、○○警察署に保管されることとなった。

司法警察員は、同月9日、Bを警察署に出頭させ被害届を提出させた際、Bに対し本件バイクを引き取るよう求めたが、Bが後刻引き取ると述べたため、とりあえず、本件バイクの鍵のみをBに交付した。しかし、Bは多忙を理由にその日は本件バイクを引取りに来なかった。司法警察員は、翌10日、Bの自宅を訪問したが、B本人は不在で、応対に出たBの母C子に対し、既にBに鍵を渡してあることを伝えて、本件バイクの仮還付請書にB本人の名義で署名押印させた。

司法警察員は、同月27日、少年の父K・Yから、本件バイクを少年方で引き取って被害者から買い取って弁償する旨の申し出を受けた。そこでBに確認しようとしたが本人と連絡がとれず、その後は、Bも少年も本件バイクを引き取らなかった。そのうち、警察署の保管場所も手狭になってきたため、司法警察員は、同年7月下旬または8月上旬ころ、本件バイクを少年宅に搬送し、少年に引き渡した。

本件バイクは、連絡を受けたAが、友人らとともに少年宅から友人宅へ修理して乗るため搬送したが、損傷がひどくて修理できず、最終的には、友人の親が解体業者に本件バイクを引き取らせた。

なお、同年12月12日、検察官により本件バイクを仮還付のまま本還付する手続きがなされている。

〔証人A、同Bの当審判廷における各供述、C、Bの司法警察員に対する平成3年5月24日付け各供述調書、少年作成の任意提出書、司法巡査作成の平成2年5月3日付け領置調書、B作成名義の仮還付請書、司法警察員ら作成の平成3年5月27日付け捜査報告書〕

2Bの被害供述の変遷について

(1)  Bは、平成3年5月24日、勤務先において、司法警察員の取調べに対し、友人のDの弟であるAからAの母の経営するスナック「○○」において本件バイクを売って欲しいという話をされたことはある、しかしAからは代金の支払いもなく売ってやったことはない、本件バイクは盗まれたものである、と供述している。

〔Bの司法警察員に対する同日付け供述調書〕

(2)  しかし、同人は、当審判廷においては、時期は覚えていないが中学の同級生のDの弟であるAからスナック「○○」の前で本件バイクを売ってくれるよう頼まれたので売ることにした、代金は2万円でまず1万円をもらい平成2年5月3日の事故のあと1万円をBの弟を介して受け取った、鍵はもともと本件バイクにつけたままでAに手渡していない、と証言している。

さらに、被害届を出した理由について、Aからは事故をしたが迷惑はかけないとの電話がありその時かどうかはわからないが盗んだことにしておくとの連絡もあったので警察に呼ばれたときは被害届にサインをした、と述べ、また、平成3年5月24日に司法警察員に対し前記供述をしたことについて、既に盗まれたと警察に言ってしまっているのでそう言った、嘘の被害届を出してしまったので罪になるのではと心配したが警察では被害届の取下げはできないと言われたので嘘を通した、とも証言している。

3  Aの供述の変遷について

(1)  Aは、同人自身の本件バイク窃盗保護事件の調査面接では、Bから本件バイクを売ってもらうことにした、その試し運転をしようと思い少年に運転してもらった、警察で本当のことを話したらBが無免許幇助になるので迷惑をかけられないと思い盗んだと話した、と陳述していた。

〔家庭裁判所調査官○○作成の平成3年3月1日付け少年調査票(謄本)〕

(2)  司法警察員は、平成3年5月29日、Aを勤務先に訪ね取調べを行った。その際作成された供述調書では、Aは、本件バイクはBのものであり買い入れたことはない、売って欲しいと伝えたことはあるがBの返事は今すぐというわけにはいかない、いずれ売ってやっても良いがその時は3万円で売るとのことだった、鍵の引渡しは受けておらずシート下に差し込んだままだった、これを少年と2人で盗んだ、これは誰が考えても泥棒であり今後はこのような悪いことはやめる、旨供述したとされている(なお、この取調べは当裁判所から検察官に対してなされた補充捜査依頼の範囲を超えるものである。)。

〔Aの司法警察員に対する同年5月29日付け供述調書〕

(3)  ところが、Aは、当審判廷においては、平成2年4月なかばころ兄のDに誰かバイクを売ってくれる人がいないか探して欲しいと頼んだところDからその中学の同級生であるBを紹介された、AがBに電話して3万円で売ってくれと頼んだところ1週間くらいして売ってもよいとの返事があった、そこで同年5月3日の午前9時か10時ころBの家に行って3万円をBに渡した、3万円は自分の働いた給料のなかから出した、自分ではバイクの運転はできないのでその時は鍵だけ受け取って家に帰った、バイクを運転して運んでもらうため少年に電話してバイクを買ったことを話して来てもらい少年とBの家へバイクを取りに行きそのあと事故を起こした、と証言している。

さらに、盗んだと供述したことなどについては、Bが無免許の自分にバイクを売りそのバイクで事故を起こしたのでBに迷惑がかかると思い搬送された病院で少年と盗んだことにしようと話し合い警察に盗んだと言った、病院で母にもバイクはどうしたのかと聞かれたが母にはBから買ったと話した、その後すぐにBに電話をし迷惑がかかりそうなので盗んだことにしておいたと連絡した、と証言しており、また、前記平成3年5月29日付け供述調書については、会社に警察官が来て「君が盗んでないのではK・J君と話が合わない。盗んだということで良いですか。」と聞かれ仕事が忙しかったことややっぱりBに迷惑がかかりそうなので盗んだと言ってしまった、と述べた。

4  各供述等の信用性の検討

(1)  Bの証言とAの証言とは、代金の額および支払い時期ならびに鍵の受け渡し方法など重要な点でくい違ってはいるものの、少なくとも、少年らが本件バイクを駐輪場から持ち出す以前にBとAの間に本件バイクを売る話ができていたという点やAからBに対して盗んだことにしておいたと連絡したという点においては一致している。

また、少年の当審判廷における供述も、AがBから本件バイクを買ったという点およびBへの迷惑を避けるため盗んだことにしたという点において前記各証言と符合している。

(2)  さらに、Aの証言および少年の当審判廷における供述は、それぞれの家庭裁判所調査官に対する陳述との間に一貫性がある。

(3)  Bは、本件バイクについては、被害届を出した以外には警察に対しても少年、Aらに対しても、返還あるいは損害の賠償など一切の権利主張をしていない。その被害届にしても盗まれたとされる日から少なくとも6日も経過した日に警察に呼ばれて初めて提出したものでありB自身にはもともと被害申告の意志がなかったことがうかがわれる。実際にも、本件バイク(本体)はBに還付されていないどころか少年に引き渡されてAらにより処分されている。これらは、Bが本当にバイクを盗まれたとするならば、いささか不自然であると考えられる。

(4)  他方、B、Aとも、平成3年5月の段階での司法警察員に対する供述では、売買は成立していないがその話はしていたと一致して供述しているが、仮にそれが真実であるとするならば、Aは自分が買おうと頼んでいたバイクをわざわざ盗んだということになり、たまたま通りがかりに見つけたバイクを盗んだとする当初の供述調書と矛盾する。

また、A、少年の当初の各供述調書には、本件バイクは警察から持ち主に返してもらっていると揃って記載されているが、これは本件バイクの還付に関する前記客観的事実と明らかに齟齬するし、本件バイクの登録名義がBであることは警察において当初から明らかであったにもかかわらず、そのことについて何ら確認がなされていないこともこの種の事案の被疑者調書としては不自然であると思われる。

(5)  以上の諸点などを総合的に判断すると、本件バイクは盗まれ、あるいは、盗んだ物であるとするBの被害届、Aの各供述調書、少年の各供述調書よりも、本件バイクはBが売り、あるいは、Aが買った物であるとするB、A、少年の当審判廷における各供述の方が、信用性が高いと言わざるを得ない。

5  結論

したがって、本件送致事実については、AがBから既に本件バイクを購入していてそれを少年と2人で駐輪場から持ち出したものであるが、A、少年、Bは、Bに迷惑が及ぶことを恐れ、司法警察員らに対しては、口裏を合わせて盗んだ(盗まれた)ことにしていたのではないかとの合理的な疑いがある。

(結語)

よって、本件については、少年に非行がないことになるから、少年を保護処分に付すことができない。

(適用した法令)

不処分決定少年法第23条第2項前段

(裁判官 松村徹)

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